山のおもしろ歴史いろいろ
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  • Miyakawa Kaneyoshi

魅せられた 南アルプス

最終更新: 6月2日

私は茨城県神栖村(昭和41年当時)の出身ですが、最初の登山は富士山登頂の経験からです。

東京オリンピックの興奮が冷めやらぬ2年後の夏(昭和41年)中学生最後の夏休みに、友人のHとIの3人の自転車の旅でした。旅の目的は富士山の登頂です。

国道6号線(龍ヶ崎市)までは砂利道でした。

1日目は、東京・板橋(親戚泊)。

2日目は、高尾山(甲州街道沿いの沢泊・上下2枚のシートを棒で建てたものでした。)

3日目は、都留市(沢筋泊まり)です。しかし昨日、身体中を蚊に刺された為に、暗い中3人で草を集めて、シートの廻りに蚊帳のようにして眠りました。

4日目は、須走登山口(現在の須走神社あたり)からのスタート。7合8尺の小屋泊まり。

5日目の朝焼けの登頂でした。


2回目の登山経験は、昭和44年、高校3年最後の夏休み。自転車で行く一人旅の登山でした。

1日目は、平塚(親戚泊)。

2日目は、甲府駅前の旅館泊。

3日目は鳳凰山・鳳凰小屋泊(翌日の台風で足止)。翌々日の台風一過で鳳凰三山の稜線 上から初めて見る北岳の勇姿でした。

そして、この経験が、南アルプス登山の初陣となった理由であります。

18才の少年にとってこの旅は、未知に向かう冒険とロマンであり、鮮烈な体験でありました。今思えば、眠っている冒険的精神が呼び起こされた様に思います。そして、終生登山のきっかけになったと思います。

それでは 本題に入ります。その前に一言!!


私の南アルプス登山経験は尊敬する、写真家 白籏史朗先生の一冊のガイドブックの購入から始まりました。先生のガイドブックに書き込まれた内容と経路は、私の指針となりました。南アルプス登山ファンには先生のアルプスの踏み後が、手の平の上にいつまでも生き続けることと思います。

先生のご冥福をお祈り申し上げます。(令和元年11月30日逝去)

いよいよ次からは本題です!!

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トロッコと強力の話

遅れての掲載、申し訳ありませんでした。その1として最初にトロッコと強力(ごうりき=生活物資等の荷上げのプロ)のお話をいたします。 私は南アルプスを中心的に約50年登ってきましたが、初心者の頃は芦安村→広河原(北沢峠)のコースが主でありました。その頃から当分の間はマイカーで広河原まで入れたのです。そのまま奈良田に抜けて帰った記憶です。 今思えば、戸台口から長い沢歩き(水はほとんどありません)で丹渓山

 

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